メッセージ

2020年3月1日(日)のメッセージ

試みの中でも
~受難節(レント)を迎えて~

「イエスはお答えになった。「人はパンだけで生きるものではない。 神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と書いてある。」
(マタイによる福音書4章4節:日本聖書協会 新共同訳 新約聖書)

牧師 坂元幸子

先週2月26日(水)から受難節(レント)に入りました。レントに入る水曜日は「灰の水曜日」(Ash Wednesday)と呼ばれ、灰に象徴される聖書的な意味、すなわち人間が最後は灰になる(死)という厳粛な事実、また罪の悔い改めや悲しみを覚えて額に灰で十字架のしるしを付ける儀式が多くの教会で行われます。英国国教会から分離したバプテストは、既存の祈祷書や教会暦を採用せず聖書のみに立つ信仰を主張した為、こうした伝統的な教会暦の行事はクリスマス、イースター、ペンテコステ以外はほとんど行わないという歩みを長く続けてきました。しかし近年「礼拝刷新運動」が超教派的に盛んになり、初代教会以来の「礼拝」(リタージー)の伝統が持つ普遍的な意味に新しい光に当てられ、バプテスト諸教会の中でも教会暦を積極的に取り入れる所が増えてきました。

藤沢バプテスト教会でもここ数年試行的に受難日消火礼拝を行ってきましたが、より教会全体で 受難節を体感する為、昨年から主日礼拝で消火礼拝を行うようにしました。灰の水曜日から4月12日のイースターまでの46日間にある6回の主日礼拝ごとに、6本のキャンドルを1本ずつ消してゆきます。この間私たちは、私たちの罪を背負って十字架の道をひとり歩まれた主イエス・キリストの苦難を覚え、一人ひとりが自らの罪を主なる神の前に悔い改め、克己の日々を過ごすのです。

主イエスご自身、宣教の公生涯に入られる直前、聖霊によって導かれて荒れ野で40日間の試みの時を過ごされました。石をパンに変えてみよ、超自然的な能力を示してみよ、繁栄と権力の悪魔的なパワーの前にひれ伏せとの数々の誘惑に対して主イエスは神のみ言葉をもって抗(あらが)いました。それはまさに「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」(出エジプト20:3)との戒めを実際に生きる姿であり、私たちが日々経験するさまざまな試みの中でどのように生きるべきかを示して下さった模範です。私たちの試みの中に主は共におられるのです。

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