メッセージ

2022年2月13日(日)のメッセージ

メシアと告白しつつも

「そこでイエスがお尋ねになった。『それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか』」
(マルコによる福音書8章29節:日本聖書協会 新共同訳 新約聖書)

牧師 伊藤真嗣

先週開かれた信徒報告会では、今後の藤沢教会の方針を共に協議するよい機会となりました。特に「宣教」と「牧会」を中心とした礼拝・教会形成の必要性を強く感じました。コロナ禍ではいまだ教会に来られない方が多く、限られた人数・奉仕者ですが、今出来ることを力を合わせて、共に未来へ歩んでいきたいと思います。

本日の箇所は有名なペトロの信仰告白の場面です。27節でイエスさま一行がガリラヤから遠く離れた北の地、フィリポ・カイサリアで、その途中いきなり弟子達に人々がわたしをどう思っているかイエスさまは尋ねました。「『それでは、あなたがたはわたしを何者だと言っているのか』ペテロが答えた。『あなたはメシアです』。」(29節)「メシア」というのは、ヘブライ語で「油注がれた者」という意味です。これがギリシャ語に訳されると「キリスト」になります。このペテロの信仰告白を、イエスさまはたいへん喜んだとも聖書には書かれています。本当に素晴らしい、歴史的な信仰告白がここで宣言されたのでした。

信仰告白とは、神さまの愛に対する誠実な返事(告白)なのです。その後、ヨハネ福音書21章では、ペテロはイエスさまから「ペテロ、私を愛しているか」(ヨハネ21:15節)と尋ねられました。ペテロの信仰告白以降、私たちはその愛の告白に対して、私たちキリスト教はその信仰告白として2000年以上、「受け継がれて」きたのです。

「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている」。(32節) 信仰告白をしたペテロが、イエスさまを「わき」に連れて行き、いさめ始めたとあります。そのようなペトロにイエスさまはここで、「引き下がれ」と言われています。これは聖書教育でも指摘されていますが(P53)自分の「後ろに下がれ」ということです。十字架に向けて歩む自分の前に立ちはだかるのではなく、もう一度、自分の「後ろに下がれ」というのです。イエスさまの前で御心に従う歩みを妨げるのではなく、イエスさまの後に従いつつ御心にそう歩みをするようにと言われるのです。バプテスマを受けて、100点満点の答えで信仰を告白し、イエスさまの後について行こうとしながらも、どこか自分の思いと全く異なる状況に直面して、イエスさまをわきへ連れ出してしまう人間の二面性があります。「こんなはずじゃなかった」「どうすればいいのですか」とイエスの前に出て、自分が望む方向へお連れしようとしてしまう。

この苦しみを繰り返し知らされる中で、私たちは、悔い改め続けるのです。自分達だけで完結するのではなく、その度に、イエスさまの「後ろに下がり」、十字架の主を、「自らの救い主」とするのです。本当に大切なことは自らの弱さを知りつつも、同時に主の真の恵みに気付くことではないでしょうか。藤沢教会も共に信仰告白をしながら、十字架の主を示されつつ、主イエスの後に従いつつ歩みたいと願います。

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