2023年1月8日(日)のメッセージ
荒れ野の試み
「イエスは、『人はパンだけで生きるものではない。』と書いてあるとお答えになった。」
(ルカによる福音書 4章4節:日本聖書協会 新共同訳 新約聖書)
牧師 伊藤真嗣
4章から、イエスさまは悪魔の試みに合われたことが記されています。「試み」というと相手から試されて悪いイメージがあるかもしれませんが、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」(3:22)を受けた後、イエスさまにとっては神さまから聖霊を与えられ、伝道を始まる前には立たされなくてはいけない、神さまの試み(訓練)として大切な時だったのです。
4章1節からバプテスマの時に主に降った聖霊は、イエスさまを荒野に導かれました。悪魔はそこで、「神の子なら」(3)と迫り、神の子の権威で行う奇跡によって救い主であることを人々に示せと言ったのです。一方マルコによる福音書では、「霊はイエスを荒れ野に送り出した」(マルコ1:12)と書かれています。これは聖霊がイエスさまを荒野に「投げ出した」という意味があります。イエスさまはわざわざ荒野にまで導かれて、悪魔の「試み」に合われたのでした。あなたは人生の荒野に立たされた時に主にどう応答されますか。
「悪魔はイエスに言った『神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ』。『人はパンだけで生きるものではないと書いてある』とお答えになった」(3-4)生きるためのパンは大事です。イエスさまもそのことはよく知っておられます。しかしそのパンを神さまに祈り求め、そのパンを神さまによって与えられたパンとして受け取り、真の聖霊のパンである御言葉によって自分もまた会衆のひとりとして会衆の側に立って、パンを父なる神に一日一日祈り求める者として立たされていきましょう。