2026年1月25日(日)のメッセージ
復活についての問答
―小さき者たちの歩み
「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。あなたたちは大変な思い違いをしている。」
(マルコによる福音書 12章27節:日本聖書協会 新共同訳 新約聖書)
牧師 伊藤真嗣
今月から「協力伝道週間(スチュワードシップ)」に入ります。
「スチュワード」とは、新約聖書の「管理者」の英語訳で、「神の秘められた計画を委ねられた管理者」(第一コリント4・1)、「神から授かったさまざまな賜物、恵みの善い管理者」(第一ペトロ4・10)などと使われている言葉です。
英語の「スチュワード」は「執事、家令、管財人」を意味し、「主人の大きな信頼のもとで財産管理を任された者」です。執事はある場面では主人になり代わってその財産を使う事が任されますが、勘違い(今日の聖書ポイント思い違い)してならないのは、いくら自由に財産管理を委ねられていても、その財産は主人のものであって、決して執事のものではないということです。奉仕の働きは神さまのものです。でも私達はどうしてもそれを自分のものとして範囲内で時間や能力、賜物で考えてしまいます。ですから、神のものは神に返し(先週の説教)帰った時、その財産管理が主人の意にかない、主人を喜ばせるものであるかどうかを常に問われるのです。
主イエスの生き方は最初から最後まで「神へのスチュワードシップ」に貫かれていました。わたしたちの場合は「自分が楽しく自分らしく生きるために、神さまに〇〇を願い祈る」ことが多いのに対して、主イエスの生き方は「神から与えられた命、賜物、チャンスを、神のため隣人のためにどう使うか」という視点で貫かれていました。福音書を開くと主イエスは常に「ひとりで」祈っています。ゲッセマネや山に登ってどんなに忙しくて、どんなに疲れていても「神と一対一で向かい合う時間」を大切にされました。
今日選ばれた執事も、辞められた執事も、牧師も、それ以外の教会員も、来られない教会員の方もまた、ゲッセマネの祈りの中で与えられたお1人お1人に神さまの招きと示しがあります。神さまはその選び取りを大事にされる方です。そして「支え、支えられていく歩み」に導かれていきます。「協力伝道」という共に自立と協力の歩みに招かれていくことを感謝し覚えつつ、新しい1年を一緒に主を見上げて歩みましょう!


