2026年4月12日(日)のメッセージ
復活の証人として
「「彼らが喜びのあまりまだ信じられず、不思議がっているので、イエスは、「ここに何か食べ物があるか」と言われた。 そこで、焼いた魚を一切れ差し出すと、イエスはそれを取って、彼らの前で食べられた。」
(ルカによる福音書 24章41-43節:日本聖書協会 新共同訳 新約聖書)
牧師 伊藤真嗣
先週からの続きで、エマオの途上で、復活の主イエスにお会いした二人の弟子達は、自分たちの体験したことを仲間に知らせようとして、エルサレムに急いで帰りました。「主は本当に甦って、シモン・ペテロに現れた」といううわさで持ちきりでした。
それで二人は自分たちの体験したことを仲間に話していたのですが、その時、なんと復活の主イエスが彼らの中に立ったのです。そしてイエスさまは信じられない弟子達やトマスに自分の手足を見せてみました。
聖書には、復活の主イエスの身体というのは、実に不思議な身体で、弟子たちが戸を閉ざしている部屋の中にすっと、それこそまるで幽霊のように入ってきたりする、またエマオの途上の話しでは、二人の弟子がイエスがパンを祝福し、それを裂いている様子をみて、「あっイエスさまだ」とわかったとたんに、その姿が見えなくなったというのですから、やはりまるで幽霊のような、「霊の身体」としてしか思えない「身体」だったとも記されているのです。
今日の大切なポイントは「あなたがたはこれらのことの証人である」という言葉です。それは復活の証人ということですが、それはただ復活が突出して、それだけを宣べ伝えられればいいというのではなく、聖書全体を通して、その最後に復活を証しする証人なるということなのです。
それからイエスさまは、彼らをベタニヤの近くまで連れて行って手をあげて祝福し、祝福しておられるうちに彼らを離れて天にのぼられました。この祝福のメッセージを、わたしたち一人一人が「復活の証人」として、立たされて、証していきたいと、その使命を受けていきたいと思います。


