メッセージ

2026年5月3日(日)のメッセージ

隣人のものを
ほしがってはならない

「あなたの隣人の妻を欲してはならない。」
(申命記‬ ‭5‬章21節‬‬‬‬:日本聖書協会 新共同訳 旧約聖書)

牧師 伊藤真嗣

本日は十戒シリーズの最後の「隣人」という言葉にフォーカスを当てたいと思います。一般的に、「隣人(りんじん)」とは、近所の人や自分の隣にいる人など、日常生活で物理的に近くに住んでいる人を意味することがほとんどです。

しかし、聖書では、「隣人」はさらに広い意味を持ちます。たとえば、旧約聖書のレビ記(レビ記19:18)や新約聖書のマタイによる福音書には、「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい」(マタイ22:39)という言葉があります。また聖書が教える「隣人」は、自分以外のすべての人を指します。それは単なる近所の人だけでなく、見知らぬ人や外国人、さらには敵をも含む、すべての人々を指すことがあります。特に「善いサマリア人のたとえ話」では、困っている人を助けたサマリア人のように、「隣人となる」ことが大切だと教えられています。これは、誰が隣人かを考えるのではなく、助けを必要としている人の隣人になる、という考え方を示しています。

しかし一方で、今日の聖書では、隣人の関係性が問われていて、私たちはいつも他の人(隣人)と自分を比べながら生きています。隣人が自分より多くのもの、良いものを持っていたら、それを欲しくなるし、嫉妬してしまうのです。その心が私たちを支配して、「欲しくなると奪う」ヘブル語でハーマドは、欲望という激しい行為に広がることを指摘しています。

今の世界を見ると、自己中心的で自分達の損得で判断し、他者を裁くように思えます。私たちの罪を認めて、キリストと隣人への愛に共に生きる時、私たちは本当のキリストの弟子としての道が始まるのです。私たちはそこに立ちましょう。

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