メッセージ

2026年6月21日(日)のメッセージ

平和があるように

「その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい。」
(マタイによる福音書‬ ‭10‬章12‬節‬‬‬‬‬‬‬‬:日本聖書協会 新共同訳 新約聖書)

牧師 伊藤真嗣

「命(ぬち)どぅ宝」とは沖縄語で「命(いのち)こそ宝」、命を尊ぶということを意味します。日本バプテスト連盟では、毎年6月23日を「沖縄(命どぅ宝)の日」として覚えて「平和を祈る日」としています。また沖縄では「慰霊の日」とも呼ばれ、学校等はお休みになります。毎年この時期に梅雨明けを迎える沖縄では、よく晴れた 美しい時期ですが、しかし県民にとっては、多くの命を失った81年前の沖縄に思いを馳せる日でもあります。

今日の聖書で「収穫は多いが、働き手が少ない。」(37)のみ言葉は、現在の教会の現場やキリスト教会にはよく聞かれる言葉です。世界や日本にも沢山の羊が救いを必要としています。36節には羊は「弱り果てて、倒れている」(36)の原義は、弱り果てるが「皮を剥がれる」で、倒れているは「打ちのめされている」とどちらも悲惨な状態を現しています。このような心身の状態の民衆を主イエスは深く憐れみました。

「私は良い羊飼である。良い羊飼は、羊のために命を捨てる」(ヨハネ10:11)。イエスさまは私たちを決して見捨てず、共におられ、伝道の働きを共に担うことを呼びけています。現代は争いや家族の関係が壊れてきて、平和の挨拶ができないような困難な時代を感じる状況だからこそ、「シャローム」、神と人との和解を通して、壊されていたお互いの関係性を直す必要があります。

今日のタイトル「平和があるように」(タイトル)いう言葉は、単なる努力や平和を叫ぶだけの言葉ではありません。主は共にいてくださる希望の約束です。私たちの力は一人一人は小さいですが、神の御国(御心)が実現する事を第一とし、キリストの平和を求めるなら、きっと私たちの間に「平和の道」が目の前に広がって行くでしょう。沖縄の上にも、神の御手が置かれ、キリストの平和が実現しますように祈りましょう。

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