メッセージ

2026年8月23日(日)のメッセージ

証し: 神の慰めをいただいて

「神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、わたしたちも神からいただくこの慰めによって、あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。」
(コリントの信徒への手紙二‬ ‭1‬章4‬節:日本聖書協会 新共同訳 新約聖書)

持山優子 神学生
(東京バプテスト神学校音楽科・相模中央キリスト教会員)

今朝、藤沢バプテスト教会にお招きいただき、東京バプテスト神学校の在学生として証しの機会に与れましたことを感謝いたします。 2025年に教会音楽科に入学し、現在2年目の学びをしています。礼拝で音楽のご奉仕に携わるようになったのは、学生時代からです。当時の音楽リーダーの方に「礼拝で奏楽をしませんか」と声をかけていただき、その日から今日まで奏楽のご奉仕をさせていただいてきました。礼拝音楽についてなんの知識も心得もなかった青年を、忍耐と祈りをもって奏楽者へと育ててくださった教会には、今も感謝の気持ちでいっぱいです。

奏楽者としての転機が訪れたのは、2004年、教会にパイプオルガンが導入されたことでした。オルガンによって礼拝音楽の可能性が大きく広がり、会衆賛美に力が増し加えられていく様子を目の当たりにし、「オルガンが持つ賜物をもっと理解し、オルガン奏者として生涯教会に仕えていきたい、そのために成長したい」との思いが強められていきました。その思いが長い年月の後、教会音楽科入学へとつなげられていったのは、神様の導きと言うほかありません。

神学校では、音楽奉仕者として整えられていくための豊かな学びをいただいています。この1年半での学びと出会いはかけがえのないものです。しかし、この間に主は、大きな衝撃を伴うあるひとつの出来事を私の人生に起こされ、それによって私は奏楽者として絶望するという経験を与えられました。今朝読まれますコリント第Ⅱ1章4節は、この絶望の中で光となったみ言葉です。神様は私を打ちたたくためにこの苦難を与えられたのではなく、この苦しみを通らなければ経験できなかった神様からの慰めをもって、真心から人の痛みに寄り添える奏楽者へ私を造り変えようとしておられるのだと、このみ言葉は気づかせてくださいました。

前回のメッセージ