2026年10月04日(日)のメッセージ
エフェソでの騒動と『この道』を歩む者達へ
「わたしはそこへ行った後、ローマも見なくてはならない」と言った。」
(使徒言行録 19章21節:日本聖書協会 新共同訳 新約聖書)
牧師 伊藤真嗣
先日の福永保昭牧師を迎えた特別礼拝は沢山の恵みを頂きましたが、私たちは日々の中で主の希望の言葉を聴いているか問われました。世界の終わらぬ戦争、経済不安、地震や災害など、困難にある中でどうキリストの教会を建て上げて、伝道していくべきか。
使徒言行録19章には、パウロがエフェソで経験したアルテミス女神をめぐる大騒動が記されています。思いがけない困難によって方向転換を余儀なくされたパウロでしたが、彼の霊の目はすでにその先を見つめていました。「わたしはそこへ行った後、ローマも見なくてはならない」(使徒19:21)。パウロが見据えていたのは、世界の都ローマ、さらには当時の西の果てであったイスパニア(スペイン)へと広がる壮大な宣教のヴィジョンでした。
今日の宣教の歴史において、こうした思いがけない方向転換や困難が、かえって神の壮大な御業を開く契機となった例は少なくありません。19世紀の宣教師アドニラム・ジャドソンは、当初インドを目指して渡航しましたが、政情や現地当局からの強い拒絶にあい、計画の変更を余儀なくされました。そうして行き着いた先が、当時キリスト教に対して閉ざされていたビルマ(現ミャンマー)でした。彼は幾度もの投獄や愛する家族の死という極限の試練に直面しながらも、「ビルマの将来は神の約束と同じくらい明るい」と語り、祈りと情熱をもって聖書翻訳と伝道に生涯を捧げました。人間の目には行き詰まりに見えた途上の頓挫が、ビルマにおける偉大な開拓伝道へと実を結んだのです。
「全世界に出て行ってすべての造られた者に福音を伝えよ。」この主の大宣教命令とヴィジョンこそが、今も教会の命であり、力の源泉です。私たちもまた、目前の困難や小さな枠組みにとらわれることなく、主が示してくださる壮大な夢と祈りに与り、宣教のヴィジョンに生きる者として、キリストにつながる「この道」を力強く歩んでまいりましょう。


