メッセージ

2026年10月18日(日)のメッセージ

果たすべき責任

「わたしは、ギリシア人にも未開の人にも、知恵のある人にもない人にも、果たすべき責任があります。」
(ローマの信徒への手紙‬ ‭1章‭14節:日本聖書協会 新共同訳 新約聖書)

牧師 伊藤真嗣

今日私たちが思いを寄せるローマの信徒への手紙には、著者パウロの溢れんばかりの世界伝道への情熱と深い思いが刻まれており、誠に味わい深いものがあります。ここで重要なのは、教会の規模や社会的影響力ではなく、彼らの「信仰そのもの」が称賛されているという視点です。目に見える力ではなく、ただ神を信じる信仰を本質とするこのローマ書こそ、後に宗教改革を起こしたマルチン・ルターが最も愛した書簡であった理由もここにあるのでしょう。

さて、私たちが今日向き合うテーマは「責任」です。現代社会を見渡せば、最近でも沖縄米軍兵の事件や前農林水産相の問題発言など、不祥事や社会的問題が起きた際、人間がいかに責任を回避しようとするかを思い知らされます。自分たちの保身のために問題を避け、都合が悪いことには触れずにやり過ごそうとする姿は、悲しいかな、私たちの日常にも潜んでいます。しかし、本日の聖書箇所でパウロが語る「福音を伝える負い目がある」という言葉は、私たちの責任観を根底から揺さぶります。原文において「負い目」とは、福音に対する巨大な「借り」や「果たすべき責任」を意味します。ギリシア人であろうと未開の人であろうと、知恵のある者にもない者にも、あらゆる人々に福音を伝える責任があるのだと、パウロは使命感に燃えているのです。

私たちは神から、そして福音から、推し量りきれないほど絶大な恵みの「借り」を受けています。都合の良いことだけを受け取るのではなく、この「果たすべき責任」から逃げずに受け止める者でありたいのです。キリストから受けた計り知れない愛の負い目を胸に、真剣な思いをもってその責任を果たしていく歩みを、共に踏み出していきましょう。

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